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☆ eye’s ☆
深夜……
夜の帳に覆われた黒い夜空。
そこに浮かび輝く星々。柔らかに光る月………
我が子を思う母性のように柔らかな光を地表に降ろす月。
その月明かりの中に、少女が一人立っていた。
彼女はその身に何一つ纏わない、生まれたままの姿でたたずんでいた。
その背後には、月明かりに輝く少女の肌とは対象的なゴツゴツとした岩壁がそそり立っている。
ザザザザザ………
「………」
岩壁から水が吹き出てできた小柄な滝、少女はその流れ落ちる水を裸身に浴びていた。
勢いよく吹き出る清らかな水は、彼女の頭へ、肩へ降り注ぐ。
髪を、肌をなんの抵抗もなく重力に引かれるままに流れ落ちる。
そして水は森の中を流れる小川となっていく。
一連の“流れ”に身をゆだねているのか、“私”が見る限り少女はなにもしていない。
その裸身に水を浴びている、それだけだった。
私が知る限り、彼女がしているのはただ一つ。
少女はうつろな表情で瞳を、暗く遠い空へ向けていた。
そして、つぶやいた。
それは声にならない、口元だけの微かなつぶやき―――
《ごめんなさい……あたし―――》
少女が何を言いたいのか、それは私にもわからない。
月は、ただ優しく少女の影を浮かび上がらせていた………
☆ ラウル eye ☆
「遺跡の門が開いた?!」
「………ああ」
シーラ達を残して町を出てすぐ、タクは彼の村に起きた事を話し始めてくれた。
驚く事は想像していたのか、俺が声を上げても特に反応も見せない。
ただ少し不快な表情を見せて、うなずいた。
「ラウル、お前も俺の育った村に“鉄と岩の時代”の遺跡があるのは知っているな?」
「ああ、覚えているよ」
タクは一歩前へ出て、先行して歩いていく。俺は彼に、彼の話しに引っぱられて後に続いて行く。
―――“鉄と岩の時代”の遺跡。
俺達“獣人”の前、先代の人々の時代。前文明の遺産。
前文明を築いた先人達、彼等はなぜ各地にわずかに残る“遺跡”という痕跡だけを残して滅びてしまったのか。
一般的にはまったく“わからない”とされている。
その謎を多く残す前文明の“遺跡”、その一つがタクの育った村の側にはある。
《ねぇ、なんでそんなこと知ってるの?》
《子供の頃に行った事があるのさ、彼の村に》
懐のポケットで翼を休めるパムに答えながら、俺は前を歩くタクへ意識を向けた。
それを感じ取ったわけではないだろうが、彼はそれを待っていたかのように再び口を開く。
「つい最近の事だ。遺跡の扉が開いて、前任者が帰ってきた」
「前任者?」
「………」
言葉の語尾を上げる俺に、タクの足が止まった。二、三歩前に出て、彼と並んだ所で俺も足を止めて振り向く。
彼は少し眉を寄せて、俺を見ていた。
「どうかしたか?」
「……ラウル、お前は遺跡の事をどれくらい知っている?」
一呼吸ほど間を空けてから、彼が問い返してきた。
「どれくらいって、そりゃ一般人よりは色々知ってるさ。知識も経験も、親父とジイさんのおかげで割と豊富に持ってるつもりだしな」
「ならば、今なお生きている遺跡についてはどうだ?」
「生きて……いる?」
思わず問い返す俺に、彼は俺から視線を外した。
「そうだ。村にあるあの遺跡は、今も生きている………」
☆
《で、生きている遺跡ってどういうの?》
「さあ?」
俺の肩でくつろぐパムに、俺は少しボーッとした顔でそう答えた。
今俺達がいるのは街道沿いにある小さな村。その小さな食堂だ。いまはその食堂の椅子のに座ってる。
まだ日が明けて間もないせいか、客は俺とパム以外、一人もいない。
おかげで普通に声を出してパムと話しが出来るんだが………
《さぁ…って人より遺跡の事、知っているんでしょ?》
「そりゃ知っているけどさ、“生きてる”なんて言われた遺跡はほとんど知らないよ」
《それじゃ、何の役にも立たないよぉ》
「そう言われてもなぁ」
俺は苦笑してチョット肩をすくめてみせ―――肩にいる彼女に肩をすくめてみせても、迷惑がられるだけだから止めた。
かわりに適当に視線を泳がせて、窓の外を見てみる。
ようやく春らしくなってきた………そう実感する温かな日差しが表の通りを照らしている。
―――そう言えば、昨日は久々にベットで寝れたんだったな。早起きして損したかも………
春の日差しを窓から見ながら、テーブルに頬杖をついて“ぼぅ……”とまどろむ朝。
小さな村………と言っても、宿があり、商店もある。
こういう宿場村は、俺達旅人にとっては非常にありがたいんだ。
食糧を買い足す事も出来るし、同じ旅人から情報も入る。
そしてなにより普段野宿の多い俺達にとって、柔らかで温かいベットの上の朝。
これは何物にも代え難い至福なんだ。だから今朝は、俺もパムもすごく気分がいい。
軽くステップを踏んでみたくなるくらいに。
―――だったら踊ってみれば?って言われても困るけどさ。
《そういえば、あの人。ラウルをいきなり殴ったあの人はなにか知っているんじゃないの?》
「……タク……いや、タクアの事か?」
彼と再会してから、昼夜問わずの強行軍………とまでは言わないものの、普段よりは明らかに速いペースでここまで来ている。
もともと俺自身は夏までに辿り着ければいいと思っていたのだから、予定をかなり繰り上げているよな。
《そうそう!あの銀髪の人。色々話してくれる約束なんでしょ?》
「そういう事になっていたんだけどな、あれ以来遺跡の事は何も話してくれない。何度聞いても“お前には関係ない事だ”ってさ」
《な、なにそれ!ラウルが目的持って遺跡めぐっているの知ってて、そんな意地悪してるの?》
「意地悪、か。実際、どうなんだろ?
子供の時に会ったときから俺、と言うか俺と親父の親子が遺跡を巡っている事くらいは彼も覚えているとは思うけど」
《それじゃ意地悪以外に考えられないじゃん!》
「……かもな」
ちょっと苦笑を浮かべながら、タクの口から出た言葉を思い出してみる。
「前任者、生きている遺跡、開いた扉……か」
どういう意味なのか、どういう状況なのか。
あの娘との関わりも、まるで話してくれなかった。
「一体、どういう状況なんだろうな……」
記憶の片隅に残る、幼い頃の色々な思い出。森、洞窟、小柄な滝、麦藁ぼうしをかぶった少女………。
頭の引き出しから出てくるなつかしい光景。それらが少し霞みがかったように見える。
―――もう、本当に昔の出来事なんだな。
《………ッ》
ボンヤリと出てくる思い出に、時の流れを感じていた俺を、パムが上げた声が現実に引きずり戻した。
「どうした?」
《あ、うん。いま外でお花をカゴいっぱいに持ってた子が、つまずいちゃって………》
パムの指すほう―――窓の外に眼を向けて見ると、まだ幼い少女が地面に両手をついて立つところだった。
その子が持っていたのだろう、あたりには色とりどりの花が散らばっている。
《ラウル、あの子―――》
「花売りだな」
パムの言葉を遮るように即答して、俺はゆっくりと立ち上がった。
ゆっくりとはいえ俺がいきなり立ち上がったものだから、ずり落ち掛けたパムが慌てて袖にしがみつく。
《ちょっと!動く時は言ってって、いつも言ってるのに!》
パムが聞きなれた文句を言ってくるが、それは右から左へ聞き流す。
「……両親や身寄りがいないのか、もしくはそれ等が“あて”にならないのか。
たまに自分で日銭を稼いで生きる子供がいる。きっとあの子もそういう子供の一人なんだろうな」
《で、でも、お家がお花屋さんで、その手伝いって事も……》
「………」
―――花を売るのに店を構えるなんて、商店が建ち並び、人が大勢いる大きな“街”じゃないと無理だ。こんな小さな宿場村では………
俺はあえて思ったことを口にはしなかった。ただ無言のままで、揺れすぎないように…という程度に気をつかいながら歩く。
パムは意識すれば人の心を簡単に見る事が出来る。
普段そうやって俺との“音の無い会話”を成立させているのだから、当たり前と言えばそれまでだが。
《……ラウル?》
「ま、あんな小さな子が頑張っているんだ。少し手伝ったって罰はあたらないさ」
どうやら俺の心を読んでいなかったらしい。
パムにちょっと微笑んで見せて、宿から出る。
少女は探すまでもなくさっきと同じ場所に、しゃがんで周囲に散った花々を一つ一つ拾っているところだった。
ほぼ予想通りの光景。
だけどすぐに一つ、さっきとと違いがある事に気付いた。
もう一人、さっきはいなかった人影が、少女の向こう側で同じようにしゃがんでいた。
見かねた通行人なのか、肉親なのか、少女とともに辺りに散った花を拾っているらしい。
黒髪、黒シャツ、黒パンツ、そして黒の上着と色の入った眼鏡。髪は生来のモノだろうが、全身黒ずくめの上に目元も見えない。
はっきり言って普通にすれ違ったなら威圧的に感じる事はあっても、イイ印象を感じる事はないだろう。
「肉親なのかな?
なんか違和感って言うか、不思議に見える光景だな………」
《……大丈夫、本心から優しい人みたいだから》
「へぇ……さすがは妖精ってところか、簡単にその人の本質を見れるんだから」
《エヘヘ、まあネ♪
ただ、なんとなくだけど……あの人、絶対あの子の肉親じゃないよ。だってあの人、普通の“ヒト”じゃないみたいだもん》
「普通の人じゃない?」
俺が視線を二人に戻すと、それまでの間にすべて花を拾ってしまったらしい。
すでに立ち上がっていた黒ずくめの手には、ちょっとした量の花が抱えられていた。
「どう、普通じゃないと思うんだ?」
《なんとなくなんだけど、とても優しいのに……すごく恐いの》
「優しいのに、恐い?まるで謎かけだな」
パムが冗談で言っているわけではない、それは顔を見ればすぐに分かる。けど、優しいのに恐いってのは………
―――せめて何が恐いかわかれば……
少し考えてみて、スグ考えるのをやめた。
妖精のパムだって、見ただけではそれ以上わからないんだ。俺がいくら考えたって、最終的には当人に聞くなりしなきゃわかりようもない。
だからって―――
『あなた、普通の人じゃありませんね?』
―――なんて聞くわけにもいかないしな。答えの出しようがないなら考えるだけ、頭が疲れるばっかりで無駄ってもんだ。
俺は朝日を浴びる宿の壁に背を預けて、話題の人―――“黒ずくめの善人さん”をあらためて見てみる。
彼は軽く手を振って、少女と別れるところだった。
その手には大きな花束から握られている。それに比例するように少女の持つカゴもすっかり軽そうになっていた。
《…〜〜ン、ヴ〜〜ン》
「パム」
《…ん?なに?》
「別にいいじゃないのか、わからなくてもサ」
《でも……気になるよぉ》
肩でちょっと不満気な声が上げる。想像通りの反応にちょっと笑いながら、俺は背中を壁から離した。
「恐い感じの人だけど、でも優しかった。そんなことはよくあるだろ?
あの人が直接俺達に関わるわけじゃないだろうし、あの子も今日はたくさん花が売れたんだ。それで良しとしとけよ」
《ヴ〜ン…それはそうなんだけどぉ。でもあたしとしてはやっぱり気になるのよ〜!》
簡単には納得してくれない彼女に、俺の笑顔も苦笑にかわる。でも、悪い感じはしていない。
「………春の陽気のせいかな?」
《なんか言った?》
「なんにも。そろそろタクも起きてくるだろ。出発の準備にするために部屋へ戻るぞ。
だから、さっきの人の事はもうここまでにしとけ。いいな?」
《………》
「パム、返事は?」
《……はぁ〜い》
不満ありありな彼女の返事を聞きながら、俺は踵を返す。朝日に背を向けて宿に戻ろうとした時、声が聞こえてきた。
「お花はいかがですか?今朝つんできたばかりのお花です」
花売りの少女の声は、別に俺にかけられたわけではなかった。少し離れた所で、朝早くの道行く少ない人々に向けられたものだ。
―――ある春の日。
―――思い出の森は、もうすぐそばにある………か。
..........to be continued...........
THE REAL WORLD Second Season
「麦藁帽子の下で……」 第5章 ☆ “春の一日”
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