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☆ ラウル eye ☆
「ラウル、待ってたわヨ!」
厨房の奥の勝手口、そこから逃げ出そうとした俺の目の前に少女が一人、いた。
「私から逃げようったって甘いですわッ、ラウル!」
「し、シーラ?
なんでこんなとこに?!」
《お嬢様にはあたしの姿、見えてないはずなのに?!》
そうだ!
どうして俺が逃げ出そうとしているってバレたんだ?!
パムが彼女の事に気がついたから、俺は見つかる前に逃げ出そうとしたんだ。それがどうして先回りなんてされるんだ?!
「その顔はどうして待ち伏せされたのか、驚いてるわね?」
「うっ……」
まったくその通りだけに、返す言葉もなく半歩後ずさる。
「簡単な事よ。どなたでも、逃げる時は見つからない様にと逃げるでしょう。
私が見つけた時のあなた、何だか慌ててたから先回りしておいたの!
私に気付いたのか……もしくは他の何かから逃げているのかしら?って思ってね」
「な、なるほど……」
彼女は大きく一歩踏み込んで、さらに下がろうとする俺の腕をしっかりと両手でつかんだ。
《なるほど…って、この状況で納得してていいの?》
《いや、素直に感心しているんだがな》
《……あのさぁ、お嬢様がここにいるなら、逆に表の方はガラ空きって事じゃないのかなぁ?》
あ、そう言われてみれば……
彼女一人なら、腕をつかむ手を振りほどくのもそんなに難しくはないし―――
「言っておきますけれど、手、振りほどいて逃げようとしても無駄ですからね!
私一人ではないのだから!」
「え?」
―――がしっ!
俺が驚いて聞き返すよりも早く、彼女がつかむ腕とは反対の腕を誰かにつかまれた!
驚いて振り向いてみると、ウサ耳の女性が必死な表情で俺の腕にしがみついてる。
「ラウル様ぁ、お願いですから逃げないでくださいぃ〜、ラウル様が帰ってくださらないと、私もお家に帰れないんですぅぅぅ」
―――て、眼に涙溜めてる女性………よく見てみると、こっちも知ってる顔だ。
「フィーさん……なぜこんな所で―――」
ちょっと驚いて俺が声を上げようとした所で、今度は背後から肩を叩かれた。
振り向いてみると、そこに立っているのはさっき“袖の下”を渡した店のマスター。
「あの……?」
「お客さん。両手に花、いいねぇ。
でも、ここは厨房。料理人の聖域だ、わかるかな?」
俺達は問答無用で厨房から追い出された………
☆
厨房から出た(追い出された)俺達は、とりあえず手近なテーブルについた。
小柄なテーブルを挟んだ俺の向かいには、待ち伏せしていた彼女。俺やパムが“お嬢様”と言っていた女性が座っている。
彼女の名前は“シーラ”。
俺が一冬の間すごした先の町で『豪商』として知られた人、ある名士の娘だ。そのせいか、町の人々からは“お嬢様”って呼ばれていたな。
彼女と関わったせいでちょっとした事件に巻き込まれて、それがキッカケで俺はその父親―――
町の名士から冬の間、ある仕事を請けていたんだ。
そんなこんなで彼女とは単なる顔見知り、というわけではない。
ちょっとつり眼だけど、整った顔立ち。白い肌、軽く波立つ紫の髪……そして背中に持つ翼。
鳥人の彼女は、パムと同じような美しい純白の翼をもってる。
実際、パッと見ただけならまるで天使が降臨したのかと思いそうなほど、綺麗な純白の翼だ。
―――が、中身はお世辞にも“天使”なんて代物じゃあない。
―――ま、その点に関しては、パムも似たようなものか。
《ちょっと!それどういう意味よ!》
パムの奴が、俺の考える事を感じ取って懐から声を上げてきた。俺はちょっと視線をパムに落とす。
《お前の性格も、“妖精”ってイメージじゃないよなぁ。人が幼い頃から描いてきた夢をことごとく壊してくれやがってさ》
《そんなのラウルの勝手な思い込みだもん!あたしの知った事じゃないもん!》
……ふぅ。
俺って、女性運がないのかなぁ……とほほ
「はぁ〜……」
「?何をため息なんてついているのよ」
「いや、別に……で、いきなり俺を捕まえてなんなんだ?」
「ラウルに、私の町に戻って来ていただきたいの」
「……なんでだよ?」
本当はその理由、大体想像がついている。だけど、俺は首をかしげてとぼけてみせた。
出発前の数日間、シーラとはちょっともめたからな。きっとその事だろう。けど、俺から言ったら調子にのるから………。
「もう契約は終了しただろ?」
「契約の無期延長のチャンス、持って来てあげたわよ」
「そりゃ悪くない話しだな」
「でしょう!」
「けど俺の方が、契約更新する気は無いんだ」
「………エ?」
それまでニコニコとした表情を見せていた、シーラの笑顔が固まった。
「他をあたってくれよ」
「………」
「………」
「……す、素直じゃないわね!」
「なにが?」
「わ、わざわざ私が、こうして誘ってあげているのに!」
「なにを?」
「わ、私との婚儀よっ」
「……俺はあの時、ハッキリ断わっただろ」
「ドレスの仮縫いまで終わってるのに?」
「俺はそんなこと、一言も聞いていないぜ?」
「それはそうでしょうね。私が教えてあげようと部屋に行った時には、もう町にいらっしゃらなかったんですものッ」
「………」
つまり俺が出発したあの日に、なにかたくらんでたのか?
おそらく俺が断わっても、逃げられないような何かを………
「だからこうして、私自ら迎えに来てあげたの」
「あのなぁ………」
「とにかく、ラウルは私の町に戻って来てくれるわよね?」
「戻らないって」
「お父様も、ラウルのことは気にいっているのよ。だからこうして私が迎えに来ているのに………」
「あのな、俺はまだ結婚なんてするつもり、全然ないって言ったろ?」
「もう日取りだって決まっているのよ」
「あ、あの〜………」
「そっちで勝手にやっているんだ、俺が知るわけないだろ」
「いま、教えてあげたでしょ?」
「お、お譲様ァ〜……」
「いったい俺の意志はどうなる?」
「ラウル様ぁ〜………」
「私についてきてくだされば、意思もすぐに変わるわ」
「俺は、誰かに束縛されるってのが、大嫌いなんだッ」
大人しく聞いていれば、当の俺がいない間にポコポコと勝手に物事を決めているというシーラ。
少し腹が立ってきたぞっ。
だがそのシーラは逆に、さっきまで苛立っていた表情を笑顔に変えて声まで弾ませだした。
「“束縛”ではないわヨ。私達がしようとしているのは“結婚”ですもの♪」
「俺の意志も確認しないで、冗談言うなって!」
「あの〜、私の話しを聞いてくださいィ〜………」
「“冗談”だなんて。私、本気よ?」
「なお悪いわい!」
「あのですねえっ私にも一言くらい――」
『やかましい!!!』『うるさいわよ!!』
「ヒッ、しゅみましぇん………はふぅぅぅ」
「………」
「………」
あ〜……疲れる………
《相変わらずだねぇ、お嬢様》
《ああ、そうだな。ま、性格なんてそうそう変わるものじゃないさ》
気がつけば、パムは俺の肩に座っていた。俺とシーラのやりとりをあきれて見ていたようだ。
そんなパムに俺は、ため息一つついてちょっと苦笑して見せた。
シーラは豪商の娘だけあって“お嬢様”として使用人に囲まれて育ってきたらしい。
そのせいか、とにかく一歩も『引くこと』を知らない。自分が言った通り、思った通りにならないと気がすまないらしい。
―――もちろん俺は、彼女の言いなりなんて真っ平ゴメンだ。だからつい声が荒くなってくるんだよな。
《でも、フィーさんも大変だよねぇ。いつもシーラさんの側にいなきゃいけないんでしょ?》
《ん?―――あ、横からなにか言ってたのはフィーさんだったのか。そっか、彼女の事を忘れてた》
《……前言てーせい。
シーラさんと、こーんな無神経なオマケも相手しなきゃいけないんだもん。フィーさんも大変よね》
《あのなぁ―――》
俺はパムに一言、言おうとして―――やめた。確かについさっき、フィーさんと気付かずに怒鳴っちまったからな。
《あ〜…ま、しかたないだろ。フィーさんは半ば、シーラの“専属”にされた侍女なんだからさ》
肩の住人に答えながら、俺はテーブルの隣に立つ彼女を見上げてみた。
フィーさんは『兎人』。
黒い服にエプロンという、よくある侍女の格好をしてる。
《お嬢様の屋敷で、働いていた時のままの姿だね》
《半分は着の身着のまま、シーラに引きずられてきたせいだろ?》
《なるほど。ありそうだね、ソレ!》
髪は明るい茶色をしていて、いつも長い耳をユラユラと揺らしてる。
俺が座っているから“見上げる”形になるが、フィーさんはそんなに身長が高いわけじゃない。
普通―――という表現はあまり好きじゃないけど……まぁ、特に高いわけでも低いわけでもないって感じだ。
チョット垂れ眼で童顔だな。俺は結構、カワイイと思う。
シーラがつり眼だから、対照的な彼女はシーラよりも年下に見える。
実際の年齢はシーラよりも上のはずなんだけど、大抵逆に見られるみたいだ。
俺も初対面の時は間違たし。
さっきパムとも話してたけど、基本的に二人は主従関係――雇い主と雇われ者――だ。
なんでわざわざ“基本的”なんて言うのかっていうと、シーラは早くに母親を亡くしているらしくて、フィーさんのお母さんが乳母をしてい
たらしい。そのせいか、二人は実の姉妹の様に仲がいいだよな、これが。
どっちが姉(の様な存在)か?―――は、言うまでもないよな?
―――自分の方が幼くみられること、フィーさん自身はあまり気にしていないみたいだけど。
「シーラ様ぁ、その、せめてもう少し小さな声で話してくださいィ……」
「なぜ?」
「その……こんな食堂のド真ん中で、お二人が仲良く大声でお話されていると、とても注目されてしまって、私、恥かしいですぅ」
そう言われて見れば、さっきから視線を感じるな………
「………」
「………」
フィーさんは、俺とシーラが挟むテーブルのそばで、顔を赤く染めて立っている。あとは椅子に座っている俺とシーラ。
パムは見えていないだろうから、いまこの場に居る顔見知りはこの三人だけだ。
一緒に食事していたレオナさんは、先にレイカちゃんのところへ帰ってしまった。
『せっかく面白そうなのに………』
と愚痴をこぼしていたけど、俺としては恥をさらす顔見知りが一人減っただけでも助かったッて感じだな。
あとは周囲にいる、どこの誰とも知らない、今この食堂にいあわせたお客達。
先の厨房でのドタバタもあるから、俺達に好奇の目を向けるのもよくわかる。
―――向けられている当人はたまらないけど………
「『仲良く』かどうかは置いておくとしても、もう少し声を落とした方がイイかもな………」
「そうしてくださると、私も助かりますぅ」
俺はいま彼女達と、この食堂のほぼ中央のテーブルに陣取ってる。
周りを見て確認するまでもなく、注目されていることはすぐにわかるよ、あれだけ大声だせば。
「あら、私は別に気にしないけれど?」
「シーラ様ァ」
少しは気にしてくれよ、ホントに。
「私は別に、隠さなくてはならないような事は、何もしていませんもの」
「俺は十分、恥かしいけど」
「私だって恥かしいですぅ………」
端から見れば、これって思いっきり痴話ケンカだもんなァ。
視線が痛いわけだ。
《さしずめラウルはいろんな女の子をフッてきた悪い奴で、お嬢様はその男を追ってきた悲劇のヒロインかな?》
《なんでそうなるんだよ?全然、逆だろ?!》
《そうかなぁ……》
肩でくつろぐパムの声に、俺は驚いて抗議した。
けれどパムは針のように細い人差し指を1本、アゴの先端につけてちょっと首をかしげて見せる。
《あたしは間違いでもない、と思うけど。強引に言い寄ってきたのはお嬢様でも、フッちゃったのはラウル……でしょ?》
《フるとか、フらないとか言う以前に、俺と彼女はそう言う関係じゃないだろ!》
《チッチッチッ男はみ〜んな、そう言うんだもん!》
パムが俺の目の前で、胸を張って人差し指を左右に見振る。
なんか小馬鹿にされているようで、面白くないぞ。
《一体、どこでそんなこと覚えてくるんだ?》
《な・い・しょ♪》
小さな瞳の、小さなウィンクを見せるパム。俺はちょっと頭を抱えたくなった………
俺とパムって、基本的に四六時中一緒にいるはずなのに、本当にどこからあんな言葉を覚えてきているんだか。
だけど妖精のくせに“人くさい”ヤツだよな、パムって。ずっと俺といるせいだろうけど。
《でも注意した方がいいヨ、ラウル》
《なにを?》
《さっきのラウルが悪者で〜っての、周りの人も大体は同じように思ってるみたいだから》
《………冗談だろ?》
俺の切望するような声に、あっさりとパムは首を横に振った。
《俺、ここを出るまで悪者か?》
《そうみたい》
これ以上、ここでケンカしてたらヤバいってことか?
―――シーラに『帰る』ように説得するだけでも、大変なのに!
「とほほ〜」
「ラウル?どうかして?」
「ン〜、ちょっとね。あれ、フィーさんは?」
気がつけば、そばに居たはずのフィーさんの姿がなかった。パムと話している間にどこかに行ったのかな?
「フィーなら、さっき私の飲み物を注文しに行かせたけど。気付かなかったかしら?」
「ちょっと、考え事しててね」
彼女が手首だけを動かして、右の方をちょっと指した。つられるようにそちらを見てみると、確かにフィーさんらしい後ろ姿の女性がいる。
でも―――
「おーい、ネェちゃん、ビール一つ追加してくれ!」
「え?あ、あの私は別に……」
「新顔さん、こっちの料理はまだなのかい?」
「ち、違うんですぅ、私は……」
「料理の注文いいですか?」
「あ、あの、私はですねぇ……」
―――なんか彼女、周囲から次々と注文されてるなぁ。フィーさんもハッキリ『違うッ』って断わればいいのに。
「……なあ」
「なに?」
「なんかフィーさん、すっかりここのウエイトレスに間違えられてないか?」
「……のようね」
俺の言葉に、シーラが一度“そちら”に視線を向ける。するとため息混じりの声が帰って来た。
「フィーさん、助けてやらないのか?」
「別に命にかかわるわけでもないわ。普段私の屋敷でやっている事と大差ないし、大丈夫でしょ」
「ちょっと可哀想な気がするが……」
「そう思うなら、あなたが助けてあげさいよ」
「俺?」
それも考えなかったわけではないけどさ、なん言うかな、チョット―――
「はわわわ、は、八番テーブルさんにA定食追加ですぅ!」
「はいよ、A定追加ぁ!」
「オネーサン、こっちいいかな?」
「は、はィ〜い、いま行きますぅ」
―――なんかすっかり馴染んでるんだよなぁ。
彼女をここに連れてきてそばに立たせておくって、ひょっとしてウェゥイトレスの独り占めに見えるんじゃ………
《それどころか追いかけて来たお嬢様を前にしながら、ウエイトレスのお姉さんをナンパする悪い奴かもネ〜》
《………》
―――あ、ありえる………
「……ま、命にかかわるわけでもないし、温かく見守るとしよう。
食堂でエプロン姿してれば、ウエイトレスに間違えられるのも無理ないさ」
「あなた、いい性格してるわね」
「そう誉めるなよ」
「誉めてないわよ。
で、なにを考えていたのかしら?……先に言っておくけれど、なにを言ってみても無駄よ」
「と言うと?」
「私、一人では絶対に帰らないわよ。引きずってでも、ラウルを連れて帰るわ」
俺が何を考えてるか―――それくらい、想像はついてるって言いたいわけか。
実際には、チョット勘違いしてるけどな。
―――ま、パムのことは知らないから無理もないか。
「そう言われても困るんだよなァ」
「いったいなぜ、何が気に入らないというの?
私との婚儀を嫌う理由を聞かせて欲しいわ」
「……あまりこういうところで話したい“こと”ではないけど。さっきから注目されているし」
「答えて」
彼女は俺のささやかな抵抗を、たった一言ではねのけてしまった。
でも、答えてって言われてもなぁ、俺、単に約束を守ろうとしているだけだし。
「……放浪の旅を終わらせ、富と名誉を手に入れる最高のチャンス。それを捨てるなんて信じられない?」
「られないわ」
「…ウ〜ン……俺の、子供のころの“約束”、話したことあるよな?」
「ええ、聞いたわ。たったの数日の出来事」
「じゃあ、もう話す事はないんだけどなぁ。俺はただ約束を守りに行くだけだから」
「……本気で、言っているわけ?」
「本気。約束は“守ろう”と思うから、するものだろ?別にキミのことを嫌って逃げ出した、というわけじゃあないんだ」
「………」
「案外単純なんだよ、俺は」
俺が本心で答えると、シーラは一度口を開いた。が、何も言わずに閉じると、眉を寄せてちょっと睨むような表情を俺に見せた。
「あのぅ、ラウル様ァ、お話中に申し訳ないのですけどぉ………」
「フィー……さん?」
背後から女性の声に呼ばれて振り返って見ると、そこにはフィーさんと、その後ろに麦藁帽子をかぶった長身の男が一人。
「フィー、どうしたの、それ………」
シーラがちょっとあきれた声で聞いた。
だが、両手に料理が盛り付けられた大皿と、大量のカップをのせた盆を持つエプロンドレスのフィーさんはすっかりウェイトレスだ。
「そ、それがですねぇ、シーラ様と私と、ついでにラウル様の分もテキトーに飲み物をお願いしに行ったんですけど………」
テ、テキトーって。
そりゃ気付かなくて頼まなかったけどさ、せめてもうちょっと言い方かえてほしいような……
「な、なぜか私、このお店のウェイトレスに間違われてしまったらしくて、色々な方に注文されてしまうんですよぉ……」
「それはまぁ、無理もない気がする」
《あたしも》
「そうですかぁ?」
“そうですかぁ?”って、フィーさん自覚ないのかな………自分のカッコ。
「それはそうと、何か用なの?後ろで男性が一人、お待ちしているようですけど………
いま私達の将来について話しているの、手短にお願いしたいのだけれど?」
「し、将来って………」
―――そんな誤解されそうな言い方するなよな!
と、言いかけて慌てて口を抑えた。パムの話しじゃ、周りはすっかり俺を悪者扱いしているらしいからな。
ここであまり強気な事を言うのはちょっと恐い。
俺はとりあえずしかめ面を、“愛想笑い”の陰に隠した。
「あ、そうでした。
この方も私のことをすっかり勘違いしていると思うのですけど、ラウル様と同席していいか聞いてくれないかと言われるんですよォ」
フィーさんがそう言って一歩横に下がる。そういう動作の“自然さ”はさすがだね。
彼女が下がって空けてくれたスペースに、後ろにいた男が前へと踏み出して俺の前に来た。
―――こいつ、俺よりデカイな。体つきも、イイ。
「俺?」
「久しぶりだな、ラウル・フォルヴ」
「へ?」
誰、こいつ?
俺の事、知ってるのか?
驚いてフィーさんの連れてきた男を、あらためて見上げてみる。
俺が椅子に座っている分を考量しても、やはり背丈は彼のほうが高い。
ポンチョのような外套を着ているからわかりにくいが、間違いなく体つきも良いみたいだ。
顔は………
「………」
顔は、よくわからないな。
隠しているつもりはないのだろうが、たったいま頭からとったツバ広な帽子が彼の口元を隠してしまっているせいだ。
ただ、帽子を手にとることで現れた、鮮やかに輝く銀髪が俺の気を引いた。
「声を聞いて、顔を見上げたくらいでは思い出せないか?」
「……悪いけど」
「………まあ、オレを忘れていても、別に良い」
彼は多少、声のトーンを落として雰囲気を変えた。
少なくとも、『別に良い』と言う割には―――《怒っているな…》―――と、俺が思うくらいには。
そんなことを考える俺の前で、彼は何気ない動作でフィーさんの持つお盆からカップを一つ取り上げた。
「……え?あ、あの、お客さん、それは―――」
「ちょっと、あなた、今私達はとても大事な事を話しているのだから手短に―――」
「オレのおごりだ、受け取れ」
突然、しかしあまりに自然な動作に、フィーさんの反応が遅れた。俺も、おそらくシーラも同じだったと思う。
すっかりウェイトレスになりきってるフィーさんの口から非難の声が出るより先に、男は液体がなみなみと入ったカップを俺に放っていた。
別にどうと言うことのない速さ。
ゆったりと小山のような放物線を描いて俺のほうにカップが飛んで来る。
俺は無意識に手を伸ばして―――
『この、大マヌケ!』
―――指先がカップに触れた時には、自分の失態を叱咤していた。
ギリギリにまで液体の入ったカップ。飛来するそれを、まともに受け止めればどうなるか?
答えは―――
ぱしゃ!
「ぷはっ」
―――とまぁ、大抵中身をかぶっちまう。
俺とフィーさん、そしてフィーさんの隣に立つ男まで軽く三、四歩はある。
それだけの距離を、放物線を描いて飛んでくるカップと、その中身。
カップを受け止めたって、その中身の勢いまで止めることは出来ない。
―――なんせ液体だからな。クソッうまく考えたもんだ!
「この……いったい何を考えてッ」
《ラウルッ危な―――》
濡れた顔の、目の周りだけでも手のひらで拭う。
とにかく目を開こうとする俺の頬で、突然何かが弾けたッ
☆
……ッ〜…
「ラウルッ大丈夫?!」
「ラウルさま!」
―――結構、効いたぁ……殴られたのか、今の?
顔に、横から強い衝撃が来て―――途切れ途切れになった意識の中で、浮遊感を感じたような気がする。
身体が浮くようなヤツを、まともに食らったってことか?
いま俺、転がってるのか?
上手くまとまらねぇ、頭の中がチラチラしやがる………
油断した!この獅子野郎ッ
「ッ…いきなり何しやがる!」
上半身を起こし、片膝を立てて怒鳴るッ
―――けど、まだ立てない………
顔を殴られて、頭を揺らされたみたいだ………シーラも、フィーさんも、獅子野郎も歪んで見えちまう。
―――ん?獅子人………
「なに……か。そういうお前は一体何をやっていた?
旅に女性を二人も連れて……とはな。優雅なものだ」
「……お前、まさか嫉妬して殴ったってわけじゃないだろうな?」
―――まてよ、なにか、どこかで………
「ふん、自惚れるのもほどほどにしておけ。出会い頭に渾身の一発は、始めから決めていた。だが―――」
コブシをあらためて固めて、ヤツは俺の方へと足を向けた。
いま俺が床に片膝を着いている、この場所からヤツまでざっと見て五歩。いま一気に殴りかかってきたら、どうにもできない……な。
「今のお前には、一発くらいではまるで足りないようだな。彼女の思いを裏切った重み、いまこの場でオレが教えてやる」
―――彼女?……そうか!さっきレオナさんと話している時に………
あの時、俺の脳裏には一人の少年の顔が浮かんでいた。
そう、いま目の前にいる獅子人をそのまま幼くしたような、銀髪の少年。
「お前、ひょっとして『タク』か?」
「……タクア、だ。タクア・フレイ。
もっとも、お前に自己紹介なんてした覚えはないからな。呼び名しか知らないのも無理はないか」
やっぱり、あのタクなのか?
でも、なんでこんなところに?
この街はまだ、あの村からけっこう離れているはずじゃ………
「お前には幻滅したぞ、ラウル。もっと誠実な奴だと思いつづけていたのだがな」
「……なんであんたが、ここにいる」
「………」
「あんたならリム……彼女、にベッタリだと思っていたけどな」
「………」
なんで何も、言わないんだ?
なにかの理由で村を出てきた時に、たまたまこの場を見つけたなら、そう言えばいい。
《そうじゃないとしたら?》
《パム?どういう意味だ?》
《始めから、なにかの理由でラウルを探していたとか………》
《俺を?》
もしも、パムの言う通りなら、それは―――
「まさか彼女に、何かあったのか?」
「いまのお前に、話す気はない」
「話してくれ」
俺は片膝を着いたままの姿勢で、この獅子人を見上げるようにして強い口調で言った。
もしも彼女になにかあったのなら―――
「……聞いてどうする、彼女達を引き連れてリムに会いに行く気か?」
「彼女達とは、あんたの思っているような仲じゃない」
「信じられない、と言ったら?」
「あんたには関係ない。シーラ達が俺を追いかけてくるかどうかは、あくまで彼女達自身の問題だ。
そして今の俺をどう思うかは……『彼女』が決めることだ」
俺の言葉に、彼の持つ雰囲気が明らかに変わる。
それまでですら、穏やかとは言えない表情で俺を見下ろしていた。
その彼の顔が、さらに険しくなる。
興味本位で見ていた周囲の見物人達が、彼の生み出す圧迫感ににわかにざわめき、そしてすぐに静かになった。
彼の放つ威圧感に自然と口を閉ざされたんだろう。
《ら、ラウルゥ……なんか、苦しいよ》
《パム、下がってろ。あいつのプレッシャーは俺に向かってるものだから、そばにいると特に“辛く”感じるぞ》
―――まるで誰かを殺しかねないような、そんな圧力だ……
もともと“人”よりも、精神的な存在……パムは妖精なのだからまともに影響受けるのも無理もない。
《う……ん、わかった。あたし、そばのテーブルにいるから》
《何が起こるかわからないから、注意しておけよ?》
《うん!》
タクに注意を向けながら、パムが俺の肩から離れるのを見送る。
辛いのをよほどガマンしていたのか、パムはフラフラとした軌跡を描いてそばのテーブルへたどり着くのも“やっと”という感じだった。
―――負担、かけちまったな。
とりあえずパムがテーブルにたどりつくのを、目の端で確認する。それとほぼ同時に、俺を見下ろすタクが口を開いた。
「オレが、リムが悲しむ姿を見たくないと言ったら、どうする?」
「俺は、彼女との約束を守る」
「オレが、前に立って足止めしたら―――」
「関係ない。押しのけて前に進む、それだけだ」
彼の言葉を最後まで聞かずに、遮るように断言した。
「出来るか?オレは昔とは違うぞ」
「訳無いさ」
「……………」
「……………」
無言………
まるで相手の呼吸する音が聞こえる様な、静かな間。
―――それを先に破ったのは、彼のほうだった。
「………フン、相変わらずの自信家だな」
「?」
「あの時も、オレの怪我を見抜いたお前は、平然とした顔で洞窟の横穴に飛びこんでいった」
「………」
洞窟……俺が彼女を助けた、あの時のことを言っているらしいな。
「いまオレが、本気でお前を止めようとしても………お前は本当にくぐり抜けて行ってしまうのかもしれないな」
「『くぐり抜けて』ってのはどうだろうな?俺はそんなに器用な方じゃないサ。
ヨッと」
俺は軽く頭を振ってみて、少し勢いをつけて弾む様に立ちあがって見せた。本当はまだ多少クラクラするけど、無理してでも立つ。
彼に対する『虚勢』だ。
いつまでも殴られて座らされたままじゃ、見下されっぱなしだからな。
せめて“眼”だけはちゃんと五分の位置であわせないと。
―――って、立っても向こうの方が視線の位置が高いよ……これは背丈に頭一つくらい差があるな。
「いざとなったら、やっぱり正面から押しのけることになるんじゃないかな?」
ゆっくりとした足取りで彼に近づく。
お互い、手を伸ばせば届く距離まで接近した。少し見上げるような姿勢になるのがシャクだが、遠吠えしていたって始まらない。
「……ラウル、リムに会いたいか?」
「当たり前のことを聞くなよ。一日も忘れたことがない……なんて、とても言えないけどさ」
「……馬鹿正直な奴だな」
タクが初めて口元を、顔を緩めた。
途端に、あたりを押しつけるかのようなプレッシャーが消えていく……
「何とでも言ってくれ。
それより、本当になにかあったのか?」
「どうしてもリムに会いたいと言うなら、すぐに出発の準備をした方がいい」
「どういう、意味だ?」
「細かいことは旅の道中話してやる。もしも間に合わなかったら、お前もオレも、しばらくはリムと会うことが出来なくなるぞ」
―――会えない?しばらく?
変なことを言うやつだな。
二度と会えないならともかく、しばらく会えないってのはどういうことだ?
冗談を言っている様には見えないけどな……
「……わかった。すぐ出発しよう」
《いいか、パム?》
《いいけど、なんで私に聞くわけ?》
プレッシャーが消えてホッとしたのか、パムはすぐに俺の肩に戻って来ていた。
《……なんとなく、かな》
《あたしはもちろん一緒に行くよ!
でも、お嬢様達はどうするの?》
パムに言われて、シーラとフィーの方へと顔を向けてみる。
シーラはなんとも面白くなさそうな表情をしていた。フィーさんは、そんなシーラと俺をオドオドした顔で交互に見ている。
「……やっと、私の方を向いたわね」
「悪いけど、引きずられて連れ戻されてやるのは不可能になったな」
《始めからその気はなかったくせに》
《パム、お前どっちの味方?》
《ナイショ♪》
やれやれ………
「行くわけ?、その娘のとこに」
「約束だから」
「あなた、馬鹿よね」
「こんな馬鹿を追いかけて来た女よりはマシだろ?」
「かも……しれないわね」
「……あっさり認めるなって」
―――シーラのことは、これでとりあえず決着ついたかな。
俺はちょっと安堵しながら、テーブルの下に置いている薄汚れた布袋を取った。それをパムの座る肩とは反対側に担ぐ。
「フィーさん、シーラを屋敷までお願いします」
「は、はぁ……」
シーラのことを彼女に託して、出発を促そうとタクのほうへ振り向いた時―――後から声がかかった。
「ちょっと待ちなさい。私は一度も『帰る』とは言っていないわよ」
へ?どういう意味だ?
「私も、ついて行くわ」
「お、おいおい!」
「あなたにそこまでさせる娘が、一体どんな女性か見定めてあげる。
本当に私よりもあなたに相応しいのなら、素直に身を引いてあげるわよ?」
そんなこと、してくれなくていいって!
「俺が誰を選ぶかなんて、そんなの俺の勝手だろ!」
「あら、それなら私が誰を選ぶかなんてことも、私の勝手よね。ついでに言うならば、私がどう行動するのか?というのも、私の勝手」
《なるほど。その通りかも》
パム、お前まで納得するんじゃないッ
し、しかし、まずいぞ。
この調子じゃ、ホントについてくるかもしれない。いや、絶対ついてきちまう!
「ま、筋は通っている。しかしラウル、お前もなかなかすごい女性とつきあっているんだな?」
「タク、そういう仲じゃないって言っただろッ
あきれてないで、あんたからもなんか言ってくれよ」
「オレは部外者だからな、そちらに口を挟む気はない」
つ、使えない奴………。
しようがない、こうなったら置いていこう!
「パム、タク、行くぜ」
俺は踵を返して出口と歩き出した。
「……ち、ちょっと待ちなさい!」
《え?そのままにしておいていいの、お嬢様のこと?》
俺が突然歩き出したものだから、シーラは慌てて出発の準備をしようと荷物に手を伸ばした。
しかし、とても彼女一人で持てるような量じゃないのは確認済み。
必要と思ったものをすべて持ち運ぼうとする、旅の経験の少ない者のする典型的な間違いだ。
「フィー!早く荷物持って!」
「は、はいぃッ」
案の定、フィーさんに助けを求めたな。でも、そう簡単に準備させるか!
「フィーさん、その料理、早く運ばないと冷めちゃうぜ?」
「あ、そうでした。お嬢様、ちょっと待っててくださいね」
振り向いた俺の言葉に、フィーさんは一度テーブルに置こうとした料理を再び手にして奥のテーブルの方へと行ってしまった。
―――こういう人なんだ、彼女は。
「ち、ちょっとフィー!あなたはここのウエイトレスではないのだから、そんなことしなくてもいいのよ!」
《あ〜あ、さっき助けてあげとけばよかったのにねぇ》
「いまさら言っても後の祭ってやつだな。行こうぜ、タク」
俺はあきれて突っ立ってる獅子人に声をかけて、再び歩き出した。
「……いいのか、彼女達を残していっても?」
「子供じゃないんだ、大丈夫だろ。彼女を狙ってたヤツらは、一通り片付けたしな」
「ほう?わけもなく彼女が夢中になってるわけではなさそうだな」
「……気が向いたら話してやるよ」
俺は食堂の出口をくぐった―――背後から聞こえてくる彼女達の声に苦笑しながら。
フィー、早くしないと置いて行かれてしまうではないの!
ごめんなさい〜、このお料理を八番テーブルに持っていかないと……
だから、あなたはウェイトレスとは違うでしょう!
シーラ様ぁ、温かい料理は、温かいうちに食べてもらわないといけないんですよぉ。だからこれだけでも……
オーい、そこの耳のかわいいねぇちゃん
わ、わたしですかぁ?
ビール、お代わり頼むな!
あ、あのぅ、私ウエイトレスではないのですけどぉ………
おーいネェちゃん、こっちにつまみ持ってきてくれ〜
ねぇちゃん、料理まだ〜?
ひぃ〜ン、お嬢様ァ、どうにかしてください〜〜ッ
もぅ!……おいて行こうかしら………
..........to be continued...........
THE REAL WORLD Second Season
「麦藁帽子の下で……」 第四章 ☆ “衝撃!”
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